
こんにちは、薬剤師のしぐです。
学校薬剤師の活動というと、教室の空気や照度、水質などの環境衛生検査を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも、子どもたちが自分の健康について考えるための「健康教育」も、大切な役割です。
今回取り上げるのは、東京都品川区の公立中学校4校で、学校薬剤師が子宮頸がんとHPVワクチンについて授業を行った研究です。講義の前後で、知識や認識、接種したいという気持ちがどう変わったのかが調べられました。
解析対象となった216人のうち、「HPVワクチンを接種したい」と回答した割合は、講義前の16.7%から講義後の45.8%に増加しました。ただし、これは実際に接種した人の割合ではありません。「接種意欲」と「接種行動」は分けて読む必要があります。
学校で正しい情報を届ける意味と、子どもたちの判断をどう支えるか。学校薬剤師としても、考えさせられる内容です。
今回の研究を先に整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究 | 中学生を対象とした子宮頸がん・HPVワクチンに関する教育効果の検証 |
| 掲載誌 | 薬学雑誌 146巻11号、959–967頁、2026年 |
| 実際の調査期間 | 2024年1月17日~3月11日 |
| 対象 | 東京都品川区の公立中学校4校の生徒 |
| 講義 | 同じ学校薬剤師が同じ資料を使用し、約45分間実施 |
| 解析人数 | 講義前後の完全回答者264人から接種済み48人を除いた216人 |
| 研究方法 | 対照群を置かない前後比較研究 |
| 主な結果 | 知識・認識、接種意欲に関する回答が講義後に改善 |
論文は2026年の掲載ですが、授業と調査は2024年です。現在の接種制度をそのまま調べた研究ではありません。この時間の違いも押さえておきたいところです。

45分の授業で、何を伝えたのか
授業は、学校薬剤師が毎年行っている薬育授業の枠組みの中で、養護教諭と相談しながら学年単位で実施されました。特別な研究のためだけに作った場というより、普段の学校保健活動に組み込んだ取り組みです。
内容は、子宮頸がんが発生する仕組み、HPV感染の特徴、HPVワクチンに期待される予防効果、安全性など。接種した場所の痛みや腫れ、発熱といった接種後の症状についても説明しています。
また、日本で積極的勧奨が一時的に差し控えられていた経緯にも触れています。予防効果だけを強調せず、期待できる利益と接種後に起こり得る症状の両方を示し、本人と保護者が相談して判断することを伝えていました。
ここは、とても大切だと思います。授業の場で子どもたちに求めたいのは、その場で結論を出すことではありません。自分の体に関係する情報を知り、疑問を言葉にし、必要なときに相談できるようになること。そのための材料を届ける授業として読むと、今回の取り組みの意味が見えてきます。
「接種したい」は16.7%から45.8%へ
接種意欲を尋ねた質問では、「ご両親のご理解のもとで」という条件のもと、接種したいかどうかを確認しています。「接種したい」と回答した生徒は、講義前36人、講義後99人でした。
| 質問・認識 | 講義前 | 講義後 |
|---|---|---|
| HPVについて聞いたことがある | 69人・31.9% | 165人・76.4% |
| HPVワクチンについて聞いたことがある | 60人・27.8% | 167人・77.3% |
| HPVワクチンが子宮頸がん予防に効果があることを知っている | 46人・21.3% | 149人・69.0% |
| HPVワクチンを接種したい | 36人・16.7% | 99人・45.8% |
| 男性・女性ともに効果が期待できると認識 | 30人・13.9% | 171人・79.2% |
いずれも前後の差は統計学的に有意でした(p<0.001)。接種意欲の割合の差は29.1ポイントです。「29.1%増えた」と書くより、「16.7%から45.8%へ、29.1ポイント増加」とする方が正確に伝わります。
ただし、99人全員が新しく接種希望になったという意味ではありません。前後それぞれの人数を比較した数字であり、全体として「接種したい」と答えた割合が増えた、と受け止めるのが基本です。
もう一つ、知識の評価方法にも注意が必要です。主な質問は「聞いたことがある」「知っている」という自己申告でした。病気やワクチンを詳しく説明できるようになったかを、客観的な知識テストで確かめた結果ではありません。認知の広がりと、深い理解の獲得は区別しておきましょう。
接種意欲と関連したのは、知識だけではなかった
研究では、講義後の接種意欲に関連する要因について、多変量ロジスティック回帰分析も行っています。最終的に有意な関連が示されたのは、次の4項目でした。
| 関連した項目 | オッズ比 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| 講義前の子宮頸がんへの関心 | 2.73 | 1.38–5.40 |
| ワクチンに対する印象の変化 | 2.68 | 1.75–4.12 |
| 講義後に予防効果を知っていること | 2.65 | 1.27–5.52 |
| 講義に対する興味度 | 1.74 | 1.20–2.54 |
「予防効果を知る」という情報の理解に加えて、授業に興味を持てたことや、ワクチンへの印象に関する回答も接種意欲と関連していました。説明内容だけでなく、どう関心を持ってもらうかを考える手がかりになります。
ただし、オッズ比2.65を「接種する確率が2.65倍」と言い換えることはできません。また、興味度と印象の変化は5段階の尺度で扱われており、単純に「興味がある人対ない人」の比較ではありません。
さらに、これらは関連を示した結果です。「印象を良くすれば必ず接種につながる」「知識を増やすだけで接種率を上げられる」といった因果関係まで証明したわけではありません。講義後の関心や印象と意欲は近い時点で測られており、もともと接種に前向きな生徒ほど授業を好意的に評価した可能性も考えられます。
この研究から言えることと、残された課題
実際の接種率は評価していない
今回の中心となる指標は、講義後のアンケートで表明された意欲です。その後に予約したか、初回接種を受けたか、必要回数を完了したかまでは追跡していません。
実際の接種には、保護者との相談、医療機関への予約、費用や公費の対象確認、接種日程の調整など、いくつもの段階があります。学校での教育はその入口になり得ますが、行動に移すための環境も別に整える必要があります。
対照群がないため、授業の効果を断定できない
授業を受けなかった生徒の集団と比較した研究ではありません。前後で同じ質問に答えた影響や、講師に期待されていると感じた回答の影響なども完全には除けません。
「講義後に回答が変わった」という結果は示されていますが、その変化のすべてが授業そのものによるものかは判断できません。長期に知識が残るか、別の地域や講師でも同じ変化が見られるかも、今後の検討課題です。
対象集団の特徴にも注意
解析対象は男子114人、女子102人で、15歳が138人と約64%を占めていました。12~15歳の中学生を含みますが、各年齢が均等に集まっているわけではありません。
また、接種済みの生徒は解析から除外されています。今回の割合は学校全体の接種希望率や、女子だけの希望率を表す数字ではありません。学校や地域が違えば、これまでの情報提供、保護者の考え、接種のしやすさも変わるため、全国の中学生にそのまま当てはめることは避けたいところです。
「わからない」と「接種したくない」は異なる
解析では、「接種したい」を意欲あり、「接種したくない」と「わからない」を意欲なしとしてまとめています。しかし、迷っている状態と、説明を理解したうえで接種を希望しない状態は同じではありません。
授業の評価で、この違いを置き去りにしたくありません。「まだ決められないけれど、家族と話してみたい」「副反応について医師に聞きたい」という変化も、健康に関する意思決定の大切な一歩です。

学校薬剤師として考えたい、HPVワクチン教育の組み立て方
ここからは、今回の研究を踏まえた、しぐの実務上の提案です。研究で比較検証された授業方法という意味ではありません。
まずは、養護教諭と学校の課題を共有する
いきなりスライドを持ち込むより、学校側が何に困っているのかを確認するところから始めたいです。生徒から質問が出ているのか、保護者から相談があるのか、がん教育や保健体育の内容とどうつながるのか。対象学年や持ち時間も、最初にすり合わせます。
今回の研究でも、PTAや養護教諭などから学校薬剤師会に相談・要望が寄せられていた背景があります。学校の必要性と専門職の知識がつながった点は、ほかの地域でも参考になります。
男子も一緒に、自分の健康として学べる内容に
HPVは女性だけに関係するウイルスではありません。男子を含めて、感染予防や将来の健康について学ぶ意味があります。一方、男女に予防の意義があることと、現在の公費接種の対象が同じであることは別です。
授業では「病気やワクチンの話」と「制度の話」を分けると理解しやすくなります。現在の対象年齢、使用ワクチン、自治体の助成については、その年度の公的情報を確認して案内しましょう。
男性への接種や制度に関する話題は、関連記事「HPVワクチン、男性も2027年度に定期接種へ?海外の子宮頸がん対策と、過去の不安に向き合うために」でも整理しています。

効果と副反応を、相談先とセットで伝える
HPVワクチンは、対象となる型のHPV感染を防ぐためのワクチンです。すでにある感染や病変を治療する薬ではなく、すべての子宮頸がんを防ぐものでもありません。将来、検診対象年齢になったときには、接種歴があっても検診が大切です。
一方、接種後には痛みや腫れなどが起こることがあります。「心配しなくていい」で終わらせず、気になる症状があれば接種した医療機関などに相談できることまで伝えたいです。症状を訴える人の困りごとを軽く扱わず、症状があることと、その原因の判断を丁寧に分けて考える姿勢も必要です。
日本では積極的勧奨が差し控えられた時期があり、その記憶が残る家庭もあります。過去の不安を否定してから説明を始めるのではなく、何が心配なのかを聞き、現在確認できる情報を一緒に整理することが、相談の土台になります。
匿名で質問できる時間を確保する
感染や性に関するテーマは、教室の全員の前では質問しにくいことがあります。匿名の質問用紙やフォームを使うなど、声を上げなくても疑問を出せる方法を用意するとよいと思います。
その際、生徒や家族の接種歴、病歴、性的な経験などを公の場で答えさせる必要はありません。接種するかどうかを挙手で確認したり、周囲と比べさせたりしないことも大切です。授業で集める質問と、個別に医療機関へ相談する内容の境界を、学校側と共有しておきます。
45分授業にするなら、こんな配分を考える
以下は、しぐが考える授業構成の一例です。今回の論文に記載された実際の時間配分ではありません。
| 時間 | 内容 | ねらい |
|---|---|---|
| 導入5分 | がんと予防、自分の体の話 | 身近な問題として関心を持つ |
| 10分 | HPVと子宮頸がんの関係 | 感染とがんの違いを理解する |
| 10分 | ワクチンの役割と限界 | 予防できることを知る |
| 10分 | 副反応、不安、相談先 | 疑問を持ってよいと伝える |
| 5分 | 家庭で確認すること | 保護者との対話につなげる |
| 最後の5分 | 匿名質問と振り返り | 理解と残った疑問を確認する |
専門用語をたくさん覚える授業にする必要はありません。「感染した人が必ずがんになるわけではない」「予防の選択肢がある」「困ったら相談できる」。まずは、こうした骨組みが残ることを目指したいです。

学校の授業を、家庭や地域の相談につなげる
授業が終わったあとに、家庭で何を話せばよいかがわかる配布物があると役立ちます。公的なリーフレットへの案内とともに、母子健康手帳などで接種歴を確認すること、疑問を医療機関に相談すること、制度は自治体の最新案内で確認することを整理します。
薬局で相談を受けたときも、いきなり接種を決める話に進める必要はありません。「学校でどんな話を聞いた?」「いちばん気になったのはどこ?」と聞くことで、本人の理解や不安に合わせて説明しやすくなります。
2026年11月時点で厚生労働省が案内する定期接種の対象は、小学6年~高校1年相当の女子で、使用するのは9価ワクチンです。接種回数は開始年齢などにより2回または3回です。個別の日程や接種歴の扱いは、接種医療機関で確認します。2024年の授業内容を現在使う場合は、制度の部分を更新することが欠かせません。
FAQ|学校でのHPVワクチン教育について
Q.この研究で、実際の接種率が上がったとわかった?
いいえ。確認されたのは講義前後の接種意欲の変化で、その後の接種や完了率は評価していません。意欲の変化は大切な結果ですが、行動の変化とは区別する必要があります。
Q.学校薬剤師なら、誰が授業をしても同じ結果になる?
そこまではわかりません。今回は同じ学校薬剤師が同じ資料で4校の授業を行いました。内容をそろえた強みがある一方、講師が異なる場合にも同じ結果になるかは未確認です。
Q.男子にも授業をする意味はある?
あります。HPVは性別を問わず関係するためです。ただし、学ぶ意義と公費接種の対象は別の話なので、制度を混同しない説明が必要です。今回の解析にも男子が含まれています。
Q.授業後も接種を迷っていたら、理解できていない?
そうとは限りません。効果や副反応を理解したうえで考えている場合もあります。迷いの内容や相談先が明確になったかという視点も、健康教育の評価に加えたいところです。
Q.接種したら、将来の子宮頸がん検診は不要?
不要にはなりません。ワクチンですべての子宮頸がんを予防できるわけではないため、検診対象年齢になったら接種歴にかかわらず検診が大切です。
しぐの視点|学校薬剤師は、判断を支える情報を届けられる
今回の研究は、学校薬剤師が行う健康教育の可能性を考えるうえで、心強い報告です。環境衛生検査で学校に関わるだけでなく、医薬品や予防について、子どもたちが理解できる言葉で伝える。日頃の学校とのつながりを、健康教育に広げられることを示しています。
同時に、接種したいと答えた割合だけを授業の成績表にしたくはありません。疑問を持てたこと、家庭で話してみようと思えたこと、困ったときの相談先がわかったこと。そうした変化も大切にしたいです。
がんを予防する選択肢を知り、自分の体について考えられるようになる。その一歩を、学校、家庭、地域の医療者で支えていく。学校薬剤師として、そんな健康教育に関わっていきたいと思います。
参考文献・確認先
- 廣田結南、平田未優、川上愛加、尾崎あすか、白水俊介、菊池真由美、湧井宣行.中学生を対象とした子宮頸がん・HPVワクチンに関する教育効果の検証.薬学雑誌.2026;146(11):959–967.研究方法、表2・表4、考察を確認。
- 厚生労働省「HPVワクチン」:定期接種の対象、使用ワクチン、安全性、相談先。2026年11月1日確認。https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html
- 国立がん研究センター「子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス(HPV)関連がんの予防ファクトシート」:予防と検診に関する基本事項。https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0602/index.html


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