こんばんは、薬剤師のしぐです。
新しい抗がん薬が、またひとつ登場しました。
**ハイツエキシン®錠10mg(一般名:リソバリシブメシル酸塩水和物)**です。
今回届いた案内によると、発売日は2026年7月28日。
効能・効果は、
がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌
となっています。
「PIK3CA遺伝子変異」
「PI3Kα阻害薬」
……このあたり、分かっているつもりでも、いざ説明しようとするとちょっと難しいですよね。
ということで今回は、新発売をきっかけに、
ハイツエキシンは、いったいどこをどう止めて、がん細胞の増殖を抑えているのか?
作用機序を中心に、しっかりおさらいしてみたいと思います。
ハイツエキシンってどんな薬?
まず基本情報から。
- 販売名:ハイツエキシン®錠10mg
- 一般名:リソバリシブメシル酸塩水和物
- 薬効分類:抗悪性腫瘍剤/PI3Kα阻害剤
- 効能・効果:がん化学療法後に増悪したPIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌
- 用法・用量:1回40mgを1日1回、空腹時に経口投与
- 規格:10mg錠
- 包装:28錠(14錠×2 PTP)
- 室温保存
- 有効期間:24カ月
という薬です。
つまり、通常量なら
10mg錠を1回4錠、1日1回
ということになります。
そして重要なのが、
誰にでも使う卵巣癌治療薬ではない
というところ。
対象になるのは、
PIK3CA遺伝子変異を有する卵巣明細胞癌
です。
ここが、この薬を理解するうえで一番大事なポイントです。
そもそもPIK3CAって何?
ここから作用機序のお話です。
人間の細胞には、
「増殖していいよ」
「生き残っていいよ」
というシグナルを細胞内へ伝える仕組みがあります。
その代表的な経路のひとつが、
PI3K-AKT-mTOR経路
です。
ざっくり書くと、
増殖因子
↓
受容体
↓
PI3K
↓
AKT
↓
mTOR
↓
細胞増殖・生存
という流れ。
そして、今回登場するPIK3CA遺伝子は、PI3Kαを構成している触媒サブユニット、
p110α
をコードしている遺伝子です。
PMDAの審査報告書でも、PIK3CA遺伝子はPI3Kαの触媒サブユニットp110αをコードし、特にエクソン9やエクソン20の変異によってPI3Kαが活性化することが説明されています。
PI3Kαは細胞の中で何をしている?
もう一段だけ掘ります。
細胞膜には、
PIP2(ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸)
というリン脂質があります。
PI3Kが活性化すると、このPIP2をリン酸化して、
PIP3(ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸)
へ変換します。
するとPIP3を足場にしてAKTなどのタンパク質が細胞膜付近に集まり、AKTが活性化。
その先にあるmTORなどへシグナルが伝わり、
細胞の増殖
細胞の生存
タンパク質合成
代謝
などを促進していきます。
つまり、
PI3Kαは「細胞を増殖・生存させるスイッチのかなり上流」にいる
と考えると分かりやすいです。
PMDAの審査資料でも、PI3Kαの活性化によってAKT、さらにmTORを介するシグナルが恒常的に活性化し、腫瘍増殖が亢進すると整理されています。

PIK3CA遺伝子に変異が起こるとどうなる?
通常なら、この増殖シグナルにはきちんとONとOFFがあります。
ところがPIK3CA遺伝子に活性化変異が起こると、
PI3Kαが必要以上に活性化してしまう。
すると、
PI3Kα
↓↓↓
AKT
↓↓↓
mTOR
↓↓↓
「増えろ!生き残れ!」
というシグナルが持続的に入りやすくなります。
いわば、
細胞増殖のアクセルが踏みっぱなしになっている状態
です。
これが腫瘍細胞の増殖や生存に関わってくるわけですね。
卵巣明細胞癌でも、このPIK3CA遺伝子変異によるPI3Kαの活性化が、腫瘍増殖に重要な役割を果たすと考えられています。
そこでハイツエキシン!
ハイツエキシン(リソバリシブ)は、この
PI3Kα
を狙います。
もう少し正確にいうと、
PI3KαのATP結合部位に結合して、キナーゼ活性を阻害する薬
です。
ここ、個人的には作用機序を理解するうえでかなり大事だと思います。
PI3Kαもキナーゼなので、働くためにはATPが必要です。
そこにリソバリシブが入り込むことで、
PI3Kαがリン酸化反応を進められなくなる
↓
PI3Kシグナルが低下する
↓
AKTのリン酸化が抑制される
↓
下流の増殖シグナルも抑えられる
↓
腫瘍細胞の増殖を抑制
という流れになります。
まとめると、
PIK3CA遺伝子変異がある場合
PIK3CA変異
↓
PI3Kαが過剰に活性化
↓
AKT活性化
↓
mTORなど下流シグナル活性化
↓
がん細胞が増殖
ここへ、
ハイツエキシンを投与
ハイツエキシン
↓
PI3KαのATP結合部位を阻害
↓
PI3Kαのキナーゼ活性を抑制
↓
AKTのリン酸化を抑制
↓
増殖・生存シグナルを抑制
↓
腫瘍増殖を抑える
というわけです。
これなら「なぜPIK3CA変異を確認してから使うの?」というところまで、一本につながりますね。
本当にPI3Kαを選択的に阻害するの?
ここもなかなか興味深いところ。
PI3Kにはαだけでなく、
α、β、γ、δ
などのサブタイプがあります。
PMDAの審査資料を見ると、リソバリシブのPI3Kα野生型に対するIC50は5.9nmol/L。
一方、
- PI3Kβ:598.1nmol/L
- PI3Kγ:224.8nmol/L
- PI3Kδ:78.7nmol/L
とされており、PI3Kαに対して強い阻害作用を示しています。
さらにPIK3CAの代表的な活性化変異である、
E545K:17.1nmol/L
H1047R:8.4nmol/L
に対しても阻害作用が確認されています。
また、PIK3CA変異を有する卵巣明細胞癌由来細胞などでは、リソバリシブによってAKTのリン酸化が濃度依存的に抑制されることも確認されています。
なるほど。
ちゃんと「PI3Kαを狙う薬」なんですね。

そして作用機序が分かると「高血糖」も分かりやすい
そして、この薬でかなり注意したいのが、
高血糖
です。
今回いただいた適正使用の案内でも、高血糖についてかなり大きく取り上げられています。
国際共同第Ⅱ相試験CYH33-G201では、
高血糖の発現頻度は全Gradeで89.2%、Grade 3以上で30.1%
とされています。
これはかなり高いですよね。
でも、作用機序を考えると少し理解しやすくなります。
PI3K-AKT経路は、がん細胞だけのためにある経路ではありません。
正常な細胞でも、
インスリンシグナルや糖代謝
に深く関わっています。
インスリン受容体が刺激されるとPI3K-AKT経路が活性化し、末梢組織での糖取り込みなどにつながります。
ところがPI3Kαを阻害すると、このインスリンシグナルも弱くなる。
その結果、
インスリンが効きにくくなる
↓
血糖値が上昇
↓
さらにインスリン分泌が増える
という変化が起こり得ます。
つまり高血糖は、
「PI3Kαをしっかり阻害しているからこそ起こり得る、作用機序とかなり結びついた副作用」
とも考えられるわけです。
このあたりは、薬局でフォローするときにもぜひ頭に入れておきたいところです。
高血糖はかなり慎重にフォローしたい
適正使用の案内では、糖尿病患者や糖尿病コントロール不良患者では、高血糖が発現・重症化する可能性があるため、投与の適切性を慎重に判断するよう求められています。
そして投与前だけではなく、
投与開始前・投与中の空腹時血糖値やHbA1cの定期測定
さらに、
投与中は血糖値、HbA1cに加えてケトン体測定も考慮する
とされています。
薬局で患者さんとお話しするときも、
「最近すごく喉が渇きませんか?」
「尿の回数が増えていませんか?」
「いつもより強いだるさはありませんか?」
といったところは、意識して確認していきたいですね。
高血糖だけじゃない。重要な副作用にも注意
今回の資料では、RMPの重要な特定されたリスクとして、
間質性肺疾患
高血糖
重度の皮膚障害
重度の下痢
体液貯留
感染症
QT間隔延長
などが挙げられています。
また、適正使用の案内では特に、
間質性肺疾患
投与前の胸部CTや問診による既往・合併症の確認、投与中の息切れ・呼吸困難・咳嗽・低酸素血症などへの注意。
皮膚障害
発疹、紅斑、そう痒症などに注意し、Grade 3以上では休薬、Grade 4では投与中止などの対応。
について詳しく説明されています。
このあたりは、保険薬局でフォローするときにも重要になりそうです。
ハイツエキシンについて、しぐのひとこと
ハイツエキシン。
最初に「PIK3CA遺伝子変異」「PI3Kα阻害薬」と聞くと、なかなか難しそうな薬なんですが、
PIK3CA変異によってPI3Kαのアクセルが入りっぱなしになる
→ そのPI3Kαをハイツエキシンで直接止める
と考えると、かなり整理しやすい薬だと思います。
そして、作用機序を理解すると、
なぜPIK3CA遺伝子変異が必要なのか?
だけでなく、
なぜ高血糖に注意しなければならないのか?
までつながってくる。
やっぱり分子標的薬は、作用機序を知っていると副作用の見え方まで変わりますね。
卵巣明細胞癌に対する新しい治療選択肢が増えたことは、とても大きなニュースだと思います。
一方で、高血糖をはじめ注意すべき副作用も多い薬。
実際に処方箋を受ける機会があれば、
血糖管理、呼吸器症状、皮膚症状、下痢などをどうフォローしていくか。
薬局側でもしっかり考えていきたい薬だなと感じました。
今後、実臨床でどのように使われていくのか。
注目していきたいと思います。
作用機序だけ最後に1分でおさらい
PIK3CA遺伝子
↓
PI3Kαのp110αをコード
PIK3CA活性化変異
↓
PI3Kαが過剰に活性化
PI3Kα活性化
↓
AKTのリン酸化
↓
mTORなどの下流シグナル
↓
がん細胞の増殖・生存
そこへ……
ハイツエキシン(リソバリシブ)
↓
PI3KαのATP結合部位を阻害
↓
PI3Kαのキナーゼ活性低下
↓
AKTリン酸化低下
↓
増殖シグナル低下
↓
腫瘍増殖を抑制!
ここまでつながれば、ハイツエキシンの作用機序はかなりイメージしやすくなると思います。
ではでは、しぐでしたー!


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