Pharmacy Firstとは?薬剤師が医療の入り口になる英国制度と日本の薬局の未来

Pharmacy Firstこの記事でわかること
- 英国(イングランド)の「Pharmacy First」とは何か
- 薬剤師が対応する代表的な7つの疾患と対象年齢
- 処方箋なしで薬を渡す「零売」との違い
- 英国の制度を日本へそのまま導入できない理由
- 日本の薬局が「医療の入り口」になるために必要なこと
「体調が悪いから、まず病院へ行く」ではなく、まず地域の薬局で薬剤師に相談する。
英国・イングランドでは、そんな受診行動を制度として支える「Pharmacy First(ファーマシー・ファースト)」が2024年1月31日に始まりました。
薬剤師が症状を確認し、決められた臨床経路に沿って対応を判断。セルフケアの助言だけでなく、条件を満たせば抗菌薬などの処方箋医薬品を供給し、医師の診察が必要なら適切な医療機関へつなぎます。
単に「薬局で薬がもらえる制度」ではありません。
むしろ本質は、薬剤師が地域医療の最初の相談窓口となり、薬局で完結できる人と医師へつなぐべき人を見極める仕組みにあります。
この記事ではPharmacy Firstの仕組みを整理し、日本の薬局の未来について保険薬局薬剤師の視点から考えます。
Pharmacy Firstとは?
Pharmacy Firstは、英国のうち主にイングランドのNHSで提供されている地域薬局サービスです。
従来のCommunity Pharmacist Consultation Service(CPCS)を発展させ、次の3つを一体化しています。
- よくある軽症への相談対応
- 継続薬が一時的に足りなくなった場合などの緊急供給
- 指定された疾患を対象とする臨床経路に基づく相談・治療
患者はGP(家庭医)やNHS 111などから紹介されるほか、7疾患の臨床経路については対象薬局へ直接相談することもできます。
薬剤師は問診、症状の経過、年齢、併用薬、アレルギー、重症化リスクなどを確認します。そのうえで、
- セルフケアと経過観察
- OTC医薬品の提案
- 定められた手順に基づく処方箋医薬品の供給
- GP、救急医療、その他の医療機関への紹介
を判断します。
ここで重要なのは、すべての患者へ薬を渡す制度ではないことです。治療しない判断、経過を見る判断、医師へつなぐ判断も、Pharmacy Firstの大切な役割です。
対象となった7つの疾患

2024年の開始時に、臨床経路の対象となったのは次の7疾患です。
| 対象疾患 | 主な対象年齢・条件 |
|---|---|
| 急性副鼻腔炎 | 12歳以上 |
| 急性咽頭痛 | 5歳以上 |
| 急性中耳炎・耳痛 | 1~17歳 |
| 伝染性膿痂疹(とびひ) | 1歳以上 |
| 感染を伴う虫刺され | 1歳以上 |
| 帯状疱疹 | 18歳以上 |
| 単純性尿路感染症 | 16~64歳の女性 |
ただし、年齢に当てはまれば必ず薬局だけで治療できるわけではありません。妊娠、基礎疾患、免疫機能、症状の重さ、繰り返し、レッドフラッグなどを確認し、臨床経路から外れる場合は医療機関へ紹介します。
2026年には5疾患の追加へ動き出した
2026年9月、英国ではさらに、片頭痛、にきび、疥癬、成人を含む耳の感染症、強い鼻閉に関する新たな処方経路が発表されました。
開始時の7疾患と合わせれば12疾患へ広がる方向ですが、発表時点では一部の薬局から段階的に始める位置づけです。すべての薬局で一斉に利用できる制度として書くのは早く、今後の展開を分けて見る必要があります。
薬剤師が「診断して処方する」制度なの?
日本語で紹介すると、「英国では薬剤師が自由に診断して処方できる」と受け取られがちです。しかし、開始時のPharmacy Firstでは、薬剤師が好きな薬を自由に選んで処方する仕組みではありません。
対象疾患ごとに、NICEの考え方を踏まえた臨床経路とPatient Group Direction(PGD)が整備されています。薬剤師は対象条件、除外条件、薬剤、用量、期間、紹介基準などを確認し、その枠組みの中で処方箋医薬品を供給します。
一方、英国では薬剤師の独立処方資格の拡大も進められています。Pharmacy FirstのPGDによる供給と、独立処方資格を持つ薬剤師の処方は、区別して理解する必要があります。
Pharmacy Firstと日本の「零売」は同じではない
「処方箋なしで医療用医薬品を受け取れるなら、日本の零売と同じでは?」と思うかもしれません。
しかし、両者は大きく異なります。
| 比較項目 | Pharmacy First | 日本でいわれる零売 |
|---|---|---|
| 制度上の位置づけ | NHSの公的な薬局サービス | 処方箋医薬品以外の医療用医薬品を、例外的・必要最小限に販売 |
| 対象 | 疾患、年齢、除外条件などを臨床経路で規定 | 薬剤師の確認だけで一般的な診療を代替する制度ではない |
| 薬剤供給 | PGDなど定められた枠組みに基づく | 日本の法制度・通知等に基づく販売 |
| 記録・連携 | 相談内容を記録し、必要に応じGP等へ共有・紹介 | 全国共通の診療経路として医療制度に組み込まれたものではない |
| 目的 | 受診アクセス改善とプライマリケアの負担分散 | やむを得ない場合への限定的対応 |
Pharmacy Firstを「英国版の零売」と呼ぶと、制度の中心にあるトリアージ、標準化された臨床経路、医療機関との情報連携、公的な費用設計が抜け落ちます。

なぜ英国は薬局を医療の入り口にしたのか

背景には、GP予約の混雑、医療従事者不足、救急部門への集中があります。
一方、地域薬局には次の強みがあります。
- 生活圏の中にあり、予約なしで相談しやすい
- 夜間や休日も含め、医療機関より長く開いている場合がある
- 薬、相互作用、アレルギー、副作用をまとめて評価できる
- セルフケアでよい人と受診が必要な人を振り分けられる
つまり、薬局を医療機関の代わりにしたというより、薬局をプライマリケアの一員として正式に組み込んだと考える方が実態に近いでしょう。
抗菌薬の適正使用は大丈夫?
薬局で抗菌薬を受け取れると聞くと、使いすぎを心配する人もいると思います。
そのためPharmacy Firstでは、症状や所見、重症化リスクを確認する臨床経路が設けられ、抗菌薬を使わない選択肢や経過観察も含めて判断します。薬剤師がアクセス改善と同時に、抗菌薬適正使用の責任も担う設計です。
ただし、制度があるだけで適正使用が自動的に実現するわけではありません。十分な研修、相談時間、記録、監査、医療機関との連携、供給後のフォローが欠かせません。
日本でもPharmacy Firstは始まる?
現時点で、日本に英国と同じ全国制度があるわけではありません。
日本では医師の診断と処方箋に基づく調剤が基本であり、薬剤師が指定疾患について全国共通の経路で処方箋医薬品を供給するPharmacy First型サービスは整備されていません。
一方で、方向性がまったく異なるわけでもありません。
日本でも、かかりつけ薬剤師・薬局、健康サポート薬局、地域連携薬局、在宅医療、服薬後フォロー、オンライン服薬指導、検査値や症状を踏まえた受診勧奨など、薬局の役割は「薬を渡す場所」から広がっています。
OTC医薬品や要指導医薬品の相談では、すでに薬剤師が症状を聞き、セルフケアで対応できるか、受診が必要かを判断しています。Pharmacy Firstにつながる土台は、日本の薬局にもあります。
日本で必要なのは「処方権」だけではない

英国制度を見ると、つい「日本の薬剤師にも処方権を」という議論に目が向きます。しかし、処方できる権限だけを切り取っても、同じ仕組みにはなりません。
必要なのは、少なくとも次の土台です。

1.全国で共有できる臨床経路
どの症状を薬局で扱い、どの状態なら医師へ紹介するのか。年齢、妊娠、基礎疾患、レッドフラッグ、再相談の目安まで標準化する必要があります。
2.医療情報を確認・共有できる仕組み
薬剤師が安全に判断するには、併用薬だけでなく、診断歴、検査値、アレルギー、副作用歴などへの適切なアクセスが重要です。相談結果を医師へ返す経路も欠かせません。
3.相談と判断に対する評価
薬を渡したときだけでなく、「薬は不要」「すぐ受診が必要」と判断した相談業務にも対価が必要です。ここを評価しなければ、制度は薬の販売へ偏ってしまいます。
4.研修と継続的な質の保証
問診、フィジカルアセスメント、感染症、皮膚症状、抗菌薬適正使用、緊急度判定などを学び続ける仕組みが求められます。
5.薬剤師が患者と向き合える人員配置
調剤、在庫管理、疑義照会、電話対応などに追われたままでは、丁寧な初期相談は成立しません。業務の効率化と人員・設備への支援も制度の一部として考える必要があります。
保険薬局薬剤師として感じること
薬局のカウンターでは、「病院へ行くほどでしょうか」「市販薬で様子を見ても大丈夫ですか」という相談を受けます。
このとき薬剤師がしているのは、単なる商品選びではありません。症状の緊急性を見極め、薬で対応できる範囲を判断し、必要なら受診につなぐことです。
Pharmacy Firstは、こうした薬剤師の判断を、個人の経験や善意だけに任せず、臨床経路、記録、連携、報酬を備えた医療サービスとして位置づけた点に大きな意味があります。
日本で同じ制度をそのまま導入できるとは限りません。それでも、薬局が「処方箋を受け取った後に行く場所」だけでなく、健康上の困りごとが生じたとき最初に相談できる場所へ変わっていく方向は、これからますます重要になるはずです。

まとめ
Pharmacy Firstは、薬剤師が7つの身近な疾患を臨床経路に沿って評価し、セルフケア、薬剤供給、医療機関への紹介を判断する英国・イングランドのNHSサービスです。
2026年には新たな5疾患への拡張も動き出しましたが、これは段階的な展開であり、開始時の7疾患と分けて理解する必要があります。
この制度の本質は、薬剤師に薬を出す権限を与えたことだけではありません。
**「薬局を医療の入り口として制度化したこと」**です。
日本の薬局にも、身近さ、薬の専門性、継続的な患者情報という強みがあります。その力を生かすには、臨床経路、情報連携、相談業務への評価、研修、人員体制をセットで整えることが必要です。
薬局で完結できる人には、より早く適切な支援を。医師の診察が必要な人には、迷わず医療へつなぐ。
そんな地域医療の入口としての薬局が、日本でもさらに育ってほしいと思います。
FAQ
Q1.Pharmacy Firstでは処方箋なしで抗菌薬を受け取れますか?
対象疾患の臨床経路とPGDの条件を満たし、薬剤師が必要と判断した場合は、処方箋医薬品である抗菌薬などが供給されることがあります。希望すれば必ず受け取れる制度ではありません。
Q2.英国なら、どこの薬局でも利用できますか?
参加している地域薬局で利用します。開始時の7疾患は広く展開されていますが、2026年に発表された新たな5つの処方経路は段階的な導入で、すべての薬局で直ちに利用できるわけではありません。
Q3.薬剤師が病名を診断するのですか?
定められた臨床経路に沿って症状やリスクを評価し、薬局で対応できるか、医療機関へ紹介すべきかを判断します。医師とまったく同じ形で自由に診断・処方する制度と考えるのは正確ではありません。
Q4.Pharmacy Firstとセルフメディケーションの違いは?
セルフメディケーションは自分の健康を管理し、軽い不調へ自ら対処する考え方です。Pharmacy Firstは薬剤師による評価と、必要に応じた処方箋医薬品の供給や医療機関への紹介まで公的サービスとして組み込んでいます。
Q5.日本でも薬剤師が処方できるようになりますか?
英国と同じ全国制度の導入が決まっているわけではありません。日本では医師の処方箋に基づく調剤が基本です。一方、薬局での受診勧奨、健康相談、服薬後フォロー、地域連携などはすでに重視されており、「医療の入り口」としての役割が広がる可能性はあります。
Q6.薬局で対応できない場合はどうなりますか?
重い症状、長引く症状、基礎疾患などにより臨床経路の対象外となる場合は、GP、救急部門、その他の適切な医療サービスへ紹介されます。受診が必要な人を見逃さずにつなぐことも制度の中心です。


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