
こんにちは、薬剤師のしぐです。
乳癌治療を中心に使用が広がってきた「エンハーツ」。
HER2を標的とする抗体薬物複合体(ADC)の一つであり、従来のHER2陽性乳癌だけでなく、HER2低発現・超低発現乳癌、胃癌、肺癌、その他のHER2陽性固形癌へと治療対象が広がってきました。
その一方で、エンハーツは有効性だけでなく、副作用への十分な対策が欠かせない抗がん薬でもあります。
特に注意したいのが、**悪心・嘔吐と間質性肺疾患(ILD)**です。
悪心・嘔吐は患者さんの食事や生活の質(QOL)に影響し、間質性肺疾患は発見が遅れると重篤化する可能性があります。
今回は、2026年の最新情報を踏まえながら、エンハーツの特徴、副作用対策、そして保険薬局で意識しておきたいフォローアップのポイントを整理します。
エンハーツとは?HER2を標的とするADC製剤
エンハーツの一般名はトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)です。
HER2を認識する抗体に、トポイソメラーゼⅠ阻害作用を持つ薬物を結合させた抗体薬物複合体(ADC)です。
HER2を発現するがん細胞に結合した後、細胞内に取り込まれ、薬物が放出されることで抗腫瘍効果を発揮します。
また、放出された薬物が周囲のがん細胞にも作用する「バイスタンダー効果」も特徴の一つです。
この仕組みが、HER2発現量が比較的少ない乳癌への治療展開にもつながっています。
2026年現在のエンハーツの治療上の位置付け
国内では乳癌、胃癌、非小細胞肺癌、HER2陽性固形癌などに使用されています。
| 対象 | 主な治療対象 |
|---|---|
| HER2陽性乳癌 | HER2陽性の手術不能または再発乳癌 |
| HER2低発現乳癌 | 化学療法歴のある手術不能または再発乳癌 |
| HER2低発現・超低発現乳癌 | ホルモン受容体陽性で、所定の治療条件に該当する手術不能または再発乳癌 |
| 胃癌 | がん化学療法後に増悪したHER2陽性の治癒切除不能な進行・再発胃癌 |
| 非小細胞肺癌 | がん化学療法後に増悪したHER2遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発非小細胞肺癌 |
| その他の固形癌 | 標準的治療が困難なHER2陽性の進行・再発固形癌 |
2026年3月にはHER2陽性固形癌への適応が追加され、9月にはHER2陽性の手術不能または再発乳癌について承認事項が変更されました。
ただし、HER2陽性というだけで全患者さんが同じタイミングでエンハーツを使用するわけではありません。
がん種、HER2の発現状況、ホルモン受容体、前治療歴、全身状態などによって、治療選択の位置付けは異なります。

なお、海外での承認内容と国内承認内容は必ずしも一致しないため、日本の最新の添付文書を基準に確認しましょう。

エンハーツの投与方法
エンハーツは原則として3週間に1回投与します。
| がん種 | 通常の1回投与量 |
|---|---|
| 乳癌 | 5.4mg/kg |
| 非小細胞肺癌 | 5.4mg/kg |
| 胃癌 | 6.4mg/kg |
| その他のHER2陽性固形癌 | 胃癌では6.4mg/kg、胃癌以外では5.4mg/kg |
投与量や減量基準は、適応や副作用の程度によって確認が必要です。
患者さんには「3週間ごとの点滴治療」であることだけでなく、次の投与までの期間にも副作用が現れる可能性があることを説明しておきたいところです。
副作用① 悪心・嘔吐|遅発期の症状に注意

エンハーツの悪心・嘔吐は、日常生活への影響が大きい副作用の一つです。
ADC製剤ではありますが、細胞障害性抗がん薬としての性質も併せ持つことから、悪心・嘔吐への積極的な予防が必要になります。
エンハーツは、制吐療法のガイドラインにおいて高度催吐性リスクとして扱われます。
そのため、悪心・嘔吐が起きてから対処するのではなく、初回投与から十分な予防を行うことが重要です。
急性期・遅発期・持続期を理解する
| 時期 | 目安 | 薬局で確認したいこと |
|---|---|---|
| 急性期 | 投与後0~24時間 | 投与当日から吐き気がないか |
| 遅発期 | 投与後24~120時間 | 2~5日目に食事量が落ちていないか |
| 持続期 | 投与後120時間以降 | 6日目以降も悪心が続いていないか |
特に問題となるのが遅発期です。
投与当日は問題がなくても、帰宅後数日経ってから吐き気が強くなる場合があります。
患者さんが「点滴の日は大丈夫だった」と話していても、それだけで副作用が十分にコントロールできているとは判断できません。
エンハーツの悪心・嘔吐にはどのような制吐薬を使用する?
主な支持療法薬を整理します。
| 薬剤 | 主な役割 | 薬局で確認すること |
|---|---|---|
| 5-HT3受容体拮抗薬 | 急性期・遅発期の悪心・嘔吐予防 | 投与状況、追加薬との重複 |
| NK1受容体拮抗薬 | 特に遅発期の悪心・嘔吐予防 | 処方日数、薬物相互作用 |
| デキサメタゾン | 他の制吐薬との併用による予防効果増強 | 服用日、血糖、不眠、胃部症状 |
| オランザピン | 悪心・嘔吐の予防、特に悪心対策 | 眠気、転倒、糖尿病の有無 |
| 頓用制吐薬 | 突発性の悪心・嘔吐への対応 | 使用頻度、効果、受診の必要性 |
制吐療法の基本的な考え方
エンハーツでは、5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾンを組み合わせた予防療法が重要です。
また、オランザピンを追加した4剤併用療法も選択肢となります。
実際の処方は、患者さんの悪心・嘔吐歴、糖尿病、併用薬、眠気や転倒リスクなどを考慮して個別化します。
「前回、あまり吐かなかったから制吐薬は不要」という判断ではなく、予防を継続しつつ、症状に合わせて調整する考え方が基本です。
オランザピンの追加は有効か?
日本で行われたERICA試験では、エンハーツ初回投与患者を対象に、標準的な制吐療法へオランザピン5mgを追加する方法が検討されました。
オランザピンはDay1~6に投与され、特に遅発期の悪心・嘔吐への効果が評価されました。
この研究は、エンハーツでは投与後数日間の悪心対策が重要であることを改めて示すものです。
ただし、オランザピンには眠気、血糖上昇などの注意点があり、糖尿病患者では禁忌に該当するため、患者背景に応じた検討が必要です。
保険薬局で確認したい悪心・嘔吐のポイント
- 吐き気止めを予定どおり服用できているか
- 投与後何日目から吐き気が出たか
- 食事や水分をどの程度摂取できているか
- 頓用の制吐薬を何回使用したか
- オランザピン使用時に強い眠気やふらつきがないか
- デキサメタゾン使用時に不眠や血糖変動がないか
特に、食事量や水分摂取量は重要です。
嘔吐回数が少なくても、悪心によって食事が十分に取れなくなる場合があります。

副作用② 間質性肺疾患(ILD)|最優先で確認したい重篤な副作用

エンハーツの副作用マネジメントで、最も注意すべきものの一つが間質性肺疾患(ILD)です。
ILDは重篤化し、死亡に至った症例も報告されています。
そのため、治療開始前だけでなく、治療中も継続的な確認が必要です。
間質性肺疾患の初期症状
特に確認したい症状は次のとおりです。
- 痰を伴わない空咳
- 階段を上るときの息切れ
- 安静時の息苦しさ
- 発熱
- SpO₂の低下
- いつもと違う疲労感
これらの症状が現れた場合、単なる風邪や疲労と決めつけないことが重要です。
エンハーツによる治療中であることを踏まえ、速やかに治療施設へ連絡する必要があります。
無症状でも間質性肺疾患が見つかる場合がある
ILDは必ずしも咳や息切れから始まるとは限りません。
画像検査で初めて異常が確認される場合もあります。
そのため、医療機関では胸部CTやSpO₂などを含めた定期的な確認が重要になります。
一方、保険薬局でできるのは、患者さんの生活の中で生じる小さな変化を確認することです。
「最近、階段を上がると息が切れませんか?」
「乾いた咳が増えていませんか?」
「以前より疲れやすくなっていませんか?」
このような具体的な質問が、症状の早期発見につながる可能性があります。
疑わしい症状が出た場合の対応
ILDを疑う症状がある場合は、次回の定期受診まで待たず、速やかに治療施設へ連絡するよう案内します。
症状が強い場合には、緊急受診が必要になることもあります。
特に、安静時の息苦しさ、急激な呼吸状態の悪化、著しいSpO₂低下がある場合は緊急対応を優先します。
エンハーツによるILDが診断された場合は、重症度に応じた休薬・中止などの対応が必要であり、Grade 2以上では投与を永久中止することが原則です。
保険薬局では、症状を確認するだけでなく、いつから症状が出現したのか、日ごとに悪化しているかを記録し、医療機関へ情報提供することが重要です。
副作用③ 脱毛|投与前からの説明が大切
エンハーツでは脱毛も認められます。
脱毛は生命に直結する副作用ではありませんが、患者さんの心理面や日常生活に大きな影響を与えることがあります。
特に、これまでの抗がん薬治療で脱毛を経験した患者さんにとっては、再び脱毛が起こることへの不安が強い場合もあります。
脱毛が起こる可能性をあらかじめ伝え、必要に応じてウィッグや帽子、頭皮ケアなどの情報を提供することも支持療法の一つです。
大切なのは、患者さんが困ってから対応するのではなく、治療開始前から相談できる環境を整えておくことだと思います。
その他に確認したい副作用
エンハーツでは、次のような副作用にも注意が必要です。
| 副作用 | 確認したい症状 |
|---|---|
| 骨髄抑制 | 発熱、感染徴候、出血しやすさ、強い倦怠感 |
| 貧血 | 息切れ、動悸、めまい、疲労感 |
| 食欲減退 | 食事量、体重減少、栄養状態 |
| 下痢 | 回数、水分摂取、脱水徴候 |
| 便秘 | 排便回数、下剤の使用状況 |
| 肝機能障害 | 倦怠感、黄疸、検査値 |
| 心機能障害 | むくみ、動悸、息切れ |
特に注意したいのが、呼吸器症状を伴う場合です。
貧血や心機能障害でも息切れが起こることはありますが、エンハーツ使用中はILDの可能性を優先して除外する必要があります。
保険薬局ではいつフォローアップする?

エンハーツは通常3週間ごとの投与であるため、次回受診までに副作用の変化が起こり得ます。
保険薬局では、院内での副作用対策を理解したうえで、投与後の生活に着目した確認が役立ちます。
初回投与前・投与直後
まず、治療内容と支持療法薬を確認します。
- エンハーツの投与開始日
- 制吐薬の種類と服用日数
- 頓用制吐薬の有無
- ILDの症状と緊急連絡先
- 過去の悪心・嘔吐歴
- 糖尿病や呼吸器疾患などの既往歴
特に制吐薬は、患者さんが自己判断で中断しないように、服用する目的と日程を説明しておきたいところです。
投与後2~5日目
遅発性悪心・嘔吐を中心に確認したい時期です。
- 吐き気は出ていないか
- 食事や水分は取れているか
- 頓用薬を何回使用したか
- 眠気やふらつきはないか
- 空咳や息切れが出ていないか
特に初回投与後や前サイクルで悪心が強かった患者さんでは、この時期の電話フォローが有用と考えます。
投与後6日目以降~次回投与前
遅発期を過ぎても悪心が続く場合があります。
また、ILDは投与初期に限らず、治療継続中にも発現する可能性があります。
そのため、次回投与前までの期間も呼吸器症状や全身状態を確認することが大切です。
前回投与時の副作用を次回の治療に反映できるよう、必要に応じて病院薬剤師や主治医へ情報提供します。
薬局で使える副作用フォローアップチェックリスト
| 確認項目 | 質問例 |
|---|---|
| 悪心 | 「吐き気は何日目から出ましたか?」 |
| 嘔吐 | 「実際に吐いたことはありましたか?」 |
| 食事 | 「普段の何割くらい食べられていますか?」 |
| 水分 | 「水分はいつもどおり取れていますか?」 |
| 制吐薬 | 「吐き気止めは予定どおり使えていますか?」 |
| 咳 | 「痰の出ない咳が増えていませんか?」 |
| 息切れ | 「歩いたときや階段で息苦しくなりませんか?」 |
| 発熱 | 「熱が出たり、いつもよりだるくなったりしていませんか?」 |
| 脱毛 | 「髪や頭皮について困っていることはありませんか?」 |
薬剤師が確認すべきことは、副作用の有無だけではありません。
「いつから」「どの程度」「生活にどのような影響が出ているか」を把握し、必要な対応につなげることが重要です。
まとめ|エンハーツは悪心の予防とILDの早期発見が重要
エンハーツは、HER2を標的とするADC製剤として治療の選択肢を広げている抗がん薬です。
しかし、有効性が高い一方で、悪心・嘔吐や間質性肺疾患への十分な対策が欠かせません。
特に保険薬局では、次の3つを意識したいところです。
① 悪心・嘔吐は予防が基本。特に投与後2~5日目を確認する。
② 空咳・息切れ・発熱など、ILDを疑う症状を見逃さない。
③ 副作用による日常生活への影響を把握し、病院へ情報提供する。
エンハーツのようなADC製剤では、点滴を受けている時間だけでなく、自宅で過ごす期間の副作用マネジメントが重要になります。
保険薬局が患者さんの体調変化を確認し、病院と情報を共有することが、安全な治療継続を支える一つの役割になると考えています。


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