「食べられない」だけじゃない、がん治療で見落としたくない体重減少の話
がん治療中の患者さんで、よく聞く言葉があります。
「食べられなくなってきた」
「体重が落ちてきた」
「前より動けなくなった」
一見すると、
「抗がん剤の副作用かな?」
「食欲がないなら、栄養を足せばいいのかな?」
と思ってしまいがちです。
でも、ここに隠れていることがあるんですよね。
それが、がん悪液質です。
がん悪液質は、単なる栄養不足とは少し違います。
ざっくり言うと、がんによる炎症や代謝異常によって、食べても体重や筋肉が戻りにくくなる状態です。
つまり、
「食べられないから痩せる」だけではなく、
「体が痩せる方向に傾いてしまっている」状態なんです。
ここが、がん悪液質のむずかしいところです。
がん悪液質とは?
がん悪液質は、がん患者さんにみられる体重減少や筋肉量低下を伴う症候群です。
ESMOのがん悪液質ガイドラインでも、がん悪液質はスクリーニング、評価、栄養、運動、薬物療法などを組み合わせて管理する必要がある状態として扱われています。
資料でも、がん患者さんの体重減少は大きく2つに分けて考えられています。
1つは、
がん関連体重減少:Cancer-associated weight loss:CAWL
もう1つが、
がん誘発性体重減少:Cancer-induced weight loss:CIWL
ざっくり言えば、
CAWLは、食事量低下などの栄養療法で改善が期待できる体重減少。
一方でCIWLは、がんそのものによる代謝異常が背景にあり、通常の栄養療法だけでは戻しにくい体重減少です。
ここ、すごく大事です。
薬局でも、患者さんやご家族から
「食べれば戻りますか?」
「栄養剤を飲めば大丈夫ですか?」
と聞かれることがあります。
もちろん栄養は大切です。
でも、がん悪液質では、**“食べる量を増やすだけでは追いつかないことがある”**んですよね。
がん悪液質で起こること
がん悪液質では、次のようなことが起こりやすくなります。
- 食欲不振
- 体重減少
- 筋肉量の低下
- 倦怠感
- 活動量の低下
- 治療継続への影響
- QOLの低下
資料では、がん悪液質は食欲不振や基礎代謝亢進を伴い、皮膚乾燥、浮腫、貧血、倦怠感、免疫能低下などもみられることがあると説明されています。
ここでポイントなのは、
体重だけを見ていると見逃すことがあるということです。
たとえば、腹水や浮腫がある患者さんでは、体重があまり減っていないように見えることがあります。
でも実際には、筋肉量が落ちていることもある。
なので、
「体重が減ったかどうか」だけではなく、
「食事量」「筋肉量」「活動量」「炎症」「倦怠感」まで含めて見る必要があるんです。
がん悪液質は3つのステージで考える
がん悪液質は、よく次の3段階で考えられます。
前悪液質
まだ明らかな悪液質ではないけれど、
食欲低下や軽度の体重減少、代謝異常が出始めている段階です。
ここで気づけると、かなり大きいです。
薬局でいうと、
「最近あまり食べられない」
「体重が少し落ちた」
「味が変わって食事が進まない」
みたいな一言がヒントになることがあります。
悪液質
体重減少や食欲不振、筋肉量低下が明らかになってくる段階です。
この段階では、
栄養療法、運動療法、薬物療法、症状緩和を組み合わせた介入が重要になります。
不応性悪液質
がんの進行や全身状態の悪化が強く、栄養療法や薬物療法での回復が難しくなってくる段階です。
資料でも、不応性悪液質では栄養療法に対する栄養蓄積も対応困難で、むしろQOD、つまり死の質の低下につながる可能性にも触れられています。
ここはとても大切で、
「何とか食べさせる」ことが、必ずしも患者さんのためになるとは限らないという視点も必要になります。
がん悪液質の治療は、
“体重を増やすこと”だけがゴールではありません。
患者さんが、
少しでも楽に、
少しでも自分らしく、
その人にとって大切な時間を過ごせるように支えること。
そこまで含めて考える必要があります。
治療の基本は「早めに気づいて、組み合わせて支える」
がん悪液質の治療は、ひとことで言うと、
早期発見+多職種での集学的介入
です。
ESMOガイドラインでも、がん悪液質は栄養療法だけ、薬物療法だけ、運動療法だけではなく、複数の介入を組み合わせることが重要とされています。
具体的には、こんなイメージです。
栄養療法:まずは「食べられない理由」を見る
がん悪液質では、栄養療法はとても大切です。
ただし、
「カロリーを増やしましょう」
だけではうまくいかないことも多いです。
まず見るべきなのは、
なぜ食べられないのかです。
たとえば、
- 吐き気がある
- 便秘がある
- 口内炎がある
- 味覚障害がある
- 痛みがある
- 嚥下しにくい
- 食後の腹部膨満感がある
- 気持ちが落ち込んでいる
こうした要因があると、いくら栄養の話をしても、患者さんは食べられません。
資料の患者さん向け冊子でも、食欲不振に対しては、無理せず好きなもの・食べられそうなものから食べること、食事のタイミングを相談すること、口腔ケアを行うことなどが紹介されています。
薬剤師としては、
「食べられないんですね」
で終わらせずに、
いつ食べにくいのか
何なら食べられるのか
吐き気や便秘はないか
口の中は痛くないか
薬の影響はありそうか
このあたりを拾えると、かなり支援につながります。
運動療法:筋肉を守るための“少し動く”
がん悪液質では、筋肉量の低下が問題になります。
ここでいう運動は、
「頑張って筋トレしましょう!」
という話ではありません。
患者さんの状態に合わせて、
できる範囲で筋肉を使う
というイメージです。
最近のレビューでも、栄養と運動を組み合わせた介入は、単独介入よりも悪液質関連の機能低下を軽減する可能性がある一方で、全体としての効果はまだ明確でない部分もあるとされています。
なので、現実的には、
「無理なく続けられること」が大切です。
たとえば、
- 少し歩く
- 椅子から立ち上がる動作をする
- ベッド上で足を動かす
- リハビリ職と相談する
このくらいのところからでいいと思います。
悪液質の患者さんにとっては、
“動ける身体を少しでも保つ”こと自体が治療なんですよね。
薬物療法:日本ではアナモレリンが選択肢に
日本でがん悪液質に対する薬物療法として重要なのが、
アナモレリン塩酸塩です。
商品名では、エドルミズ錠50mgですね。
エドルミズは、グレリン様作用をもつ薬で、食欲中枢に作用して食欲を高めたり、成長ホルモン分泌を介して体重や筋肉量に関わる作用が期待されます。資料でも、視床下部の食欲中枢への作用と、成長ホルモン分泌を介した筋肉量・体重増加のイメージが示されています。
現在、日本での効能・効果は、
非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌におけるがん悪液質です。
ここで大事なのは、
エドルミズは“なんとなく食欲がない人に使う薬”ではないということです。
添付文書上、投与対象は、過去6か月で5%以上の体重減少があり、食欲不振を伴うがん悪液質患者など、一定の条件を満たす必要があります。
また、資料でも前悪液質段階での使用は認められていない点に注意が必要とされています。
つまり、
早く気づくことは大切。
でも薬を使うタイミングには条件がある。
ここが現場ではけっこう重要です。
エドルミズで注意したい副作用と相互作用
エドルミズは、がん悪液質治療において大切な選択肢ですが、注意点も多い薬です。
資料では、禁忌や注意すべき患者さんとして、心不全、心筋梗塞・狭心症、高度の刺激伝導系障害、肝機能障害、消化管閉塞などが挙げられています。
患者さん向け冊子でも、服用中に注意すべき副作用として、心臓への影響、糖尿病の悪化・高血糖、肝機能障害などが紹介されています。
特に薬局で見たいのはこのあたりです。
心臓系
- 脈が速くなる
- 脈が遅くなる
- 動悸
- 血圧低下
- 心電図異常
心疾患のある患者さんでは、かなり慎重に見る必要があります。
糖代謝
- 高血糖
- 糖尿病の悪化
- 口渇
- 尿量増加
糖尿病治療薬を使っている患者さんでは、血糖変動の確認も大事です。
肝機能
- 倦怠感
- 黄疸
- 肝機能検査値異常
肝機能障害のある患者さんや、肝機能に影響しやすい薬を併用している場合は注意です。
相互作用
資料では、クラリスロマイシン、イトラコナゾール、リトナビル含有製剤、コビシスタット含有製剤、エンシトレルビルなど、CYP3A4阻害薬との併用に注意が示されています。
エドルミズはCYP3A4の影響を受けるため、
薬局では併用薬チェックがかなり重要になります。
ここは薬剤師の出番です。
服用タイミングもけっこう大事
患者さん向け冊子では、エドルミズは食事の影響を受ける可能性があり、服用時間を決めて継続することが大切とされています。
一般的には、
空腹時に服用する
という説明が重要になります。
「朝起きてすぐ」など、生活の中で固定しやすいタイミングを決めると続けやすいですね。
ただし、患者さんによって生活リズムは違います。
がん治療中の患者さんは、
朝がつらい人もいます。
夜眠れない人もいます。
食事時間が日によって変わる人もいます。
なので、単に
「空腹時に飲んでください」
だけではなく、
その人の生活の中で、どのタイミングなら無理なく飲めるか
を一緒に考えるのが大切だと思います。
保険薬局薬剤師ができること
がん悪液質は、病院だけで完結する話ではありません。
保険薬局でも、できることはたくさんあります。
むしろ、患者さんがポロッと本音を話してくれるのは、薬局だったりします。
「最近、食べられなくてね」
「体重が落ちてきて」
「先生には言ってないけど、動くのがしんどい」
「薬が増えるのは嫌だけど、ご飯が入らない」
こういう一言を拾えるかどうか。
ここが大切です。
薬局で確認したいポイントは、
- 体重がどれくらい減っているか
- いつから食欲が落ちているか
- 食べられるものはあるか
- 吐き気、便秘、口内炎、味覚障害はないか
- 痛みや不眠はないか
- エドルミズの服用タイミングは守れているか
- 動悸、血糖上昇、肝機能障害を疑う症状はないか
- 併用薬にCYP3A4阻害薬がないか
- 患者さんや家族が「食べなきゃ」と追い詰められていないか
このあたりです。
特に最後。
けっこう大事です。
がん悪液質では、患者さん本人もつらいですが、ご家族もつらいです。
「食べてほしい」
「なんとか元気になってほしい」
という気持ちがあるからこそ、
食事がプレッシャーになってしまうこともあります。
だからこそ、
“食べられないのは本人の努力不足ではない”
ということを、医療者側がちゃんと伝える必要があると思います。
まとめ:がん悪液質は「体重減少」ではなく、がん治療全体に関わるサイン
がん悪液質は、単なる食欲不振や栄養不足ではありません。
がんによる炎症や代謝異常が関わり、
体重、筋肉量、活動量、QOL、治療継続にまで影響する重要な病態です。
そして治療は、
栄養療法だけでも、
薬物療法だけでも、
運動療法だけでもなく、
早期発見して、患者さんの状態に合わせて組み合わせること
が大切です。
エドルミズという薬が登場したことで、がん悪液質に対する薬物療法の選択肢は広がりました。
でも、それは万能薬ではありません。
使うタイミング、対象患者、禁忌、相互作用、副作用。
そこをしっかり見ながら、栄養・運動・症状緩和・心理的サポートと一緒に考える必要があります。
薬局で患者さんがふと話す、
「最近、食べられないんだよね」
という一言。
そこには、がん悪液質のサインが隠れているかもしれません。
だからこそ、薬剤師としては、
薬だけではなく、
食事、体重、生活、気持ちまで、
少し広めに見ていきたいところです。
がん悪液質は、“痩せてきた”という小さな変化から始まる、大きなサイン。
見逃さず、でも押しつけず、患者さんとご家族を支えていきたいですね。


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